夕刻。
執務を終え、宮殿の回廊を歩くジュリアスに付き従うオスカー。
今日は人通りが少ない。絶好の機会だ。
(この前は勢いでやって怒られたが‥‥今日は違う。あくまで計画的に、だ)
歩幅を詰め、肩越しに覗き込むように顔を寄せる。
「……今日も大変お疲れさまでした、ジュリアス様」
「……ああ」
視線は前方のまま。相変わらず無駄のない返事。
さらに距離を詰めれば――ジュリアスが急に足を止め、振り返った。
その手がオスカーの胸元を軽く引き寄せ、耳元で低く囁く。
「……公の場所で近づきすぎだ」
一瞬の出来事。
視界いっぱいに整った顔、耳に残る落ち着いた声、ふっと離れる温もり。
オスカーは予期せぬ不意打ちに、反射的に一歩引いてしまった。
(……完敗だ)
だが、負けっぱなしでは終われない。
廊下の角を曲がり人影が途絶えると、オスカーは再び距離を詰め、背後からジュリアスの手首を取った。
振り返る前に、こなれた動作で素早く壁際へと押しやり顔を近づける。
「……これは仕返しです」
「貴様……」
「先制がお見事すぎましたので」
ジュリアスの眉間に皺が寄り、冷ややかな視線が突き刺さる。
「……執務後でも節度をわきまえろ」
ため息をつきながら腕を振りほどくジュリアス。
だが耳の先がわずかに赤くなっているのを、オスカーは見逃さない。
(……やっぱり、可愛い)