その花束、キケンにつき -part 1

特に誘い合ったわけでもないのに、特に用もないのに。なんとなく集まってしまう交友関係は、結構よくあるものである。

今日も気が付けば、誰からともなく集まっていたランディ、ゼフェル、マルセルの三人。それぞれが好みのおやつを持ち寄り、いつものように気の置けないアフターファイブ(?)の楽しい時間が始まった。本日の会場はマルセルの執務室だ。

守護聖経験の浅い彼らにとって、この三人の間での情報交換は非常に重要だ。特に、年長の守護聖たちのご機嫌度合をリアルタイムで知っておくことは、平穏な職務遂行(またの名をサバイバル)のため必須といえた。守護聖全員が顔を合わせるのは、基本的には週一回の定例会議だけであったから、必然的に話題の中心は他の守護聖たちの動向となる。

この日も、ルヴァが読みかけの専門書をどこかへ置き忘れ、誰彼構わず聞きまわって探すのを手伝わせていることや、オリヴィエが自慢のネイルを派手に割ってしまい機嫌が超悪いこと、ジュリアスとクラヴィスが、些細なことでまた一発触発状態となり、激怒したジュリアスが周辺一帯を絶対零度まで瞬間冷却させたので、今は彼を刺激しないほうがよさそうなことなど、それぞれがここ数日で見聞きした状況を一通り共有したところで、ランディが思い出したように、あっ、と声を上げた。

「そういえば。さっきリュミエール様から聞いたんだけど、今日はディア様のお誕生日だって?」

「へえ、そうなんだ? お誕生日会とか聞いてないよね?」

マルセルが不思議そうに首を傾げる。

「たー、ガキじゃあるめーし、いちいち誕生会なんてやってられっかよ。っても、ディアの誕生日なら、何かあってもよさそうなもんだけどな?」

乱暴な口調ながらも、ゼフェルも少し気にかかった様子だ。ランディが後を続ける。

「うん、ディア様、毎年パーティーはご遠慮されてるんだって。だから、お祝いしたい人は各自でディア様にって」

「僕、ディア様にはいつもお世話になってるし、お祝いくらいしたいなぁ」

マルセルがくるくると大きな、菫色の瞳を二人に向けた。

「あー、まー、そうだな。俺も多少~は世話になってるかもしれねーな」

ポリポリと激辛チップスを頬張りながらゼフェルも応えた。すかさずランディが茶化す。

「多少は、って、むしろお前はディア様のお世話になりっぱなしじゃないのか、ゼフェル」

「なんだとー?」

「もー、やめてよ二人とも~。みんなディア様のお世話になってるんだからさ、僕たち三人で、お祝いしにいくっていうのはどう?」

マルセルにとっては、この流れは日常茶飯事なので、収めるのも手慣れたものだ。 最年少ながらも、実はトリオのまとめ役であるマルセルの言うことには、二人とも意外と素直に従うことが多い。

「それはいいねマルセル。一人で行くのもちょっと照れくさい気もするしね」

「おめーらがどうしても、って言うなら乗ってやってもいいぜ」

「ゼフェルってば素直じゃないんだからー。でも、これで決まりだね!」

マルセルはにっこり笑って言った。

「よし、それなら善は急げだ! 今ならまだ、ディア様執務室にいらっしゃると思うよ」

壁の時計をちらっと確認し、意気揚々と立ち上がりかけたランディの腕をゼフェルがグイっとつかんだ。

「おい待て。誕生日祝いなのに手ぶらで押しかける気か?」

「そうだよランディ、何かプレゼントくらい用意しようよー」

二人の言葉に、ランディはソファに座りなおした。

「確かにそうだな・・・でも、これから買い物に行くのもちょっとなぁ。それとも、遅くなっちゃうけど明日にするか~・・・」

シュンとした子犬のように意気消沈したランディを横目に、ゼフェルは緑の守護聖の執務室をぐるりと見渡した。

「・・・ここに、ちょうどいいモンが山ほどあるんじゃねーの?」

温室のようなガラス張りの緑の守護聖の執務室は、色彩豊かな花たちで溢れる花壇で囲まれている。マルセルは満面の笑みで頷いた。

「館に戻ればもっといろんな種類があるけど、この部屋のお花たちも僕のお気に入りばかりなんだ。ディア様、お花が大好きだし、絶対喜んでくださるよ」

ランディも笑顔を取り戻した。

「そうか、いい考えだね!! でも、どの花も全部すごく綺麗に見えるけど、ディア様のお誕生日プレゼントにはどれがいいんだろう? マルセルはどう――」

その時。

「マルセル様、失礼いたします」

ランディの質問を遮るように室内に入ってきたのは、緑の守護聖付きの執務官だった。

「ああ、ランディ様とゼフェル様もご一緒だったのですね。お話し中のところ、お邪魔だてして申し訳ございません」

緑の執務官はランディとゼフェルに気づいて、恐縮したように頭を下げた。

「大丈夫だよ。どうかしたの?」

「先日、マルセル様がご提出になった視察報告書に、一点ご不明な点があるとのことでして、ジュリアス様がお呼びです」

ランディとゼフェルは顔を見合わせた。執務官は続けた。

「ジュリアス様は、特にお急ぎではないので明日でも、との仰せですが・・・どうされますか」

三人の脳裏に、先ほどの話題が閃光のごとく過る。

「あー、それな。速攻行ったほうがいいと思うぜ」

「うん、こっちは僕たちでやっておくから、そっちが終わったらディア様の執務室で合流しよう」

「・・・そうだね、そうするよ」

一瞬心配そうな表情になったマルセルだったが、すぐに執務室の端にある、木製の大きな机を指した。

「あっちの作業台にハサミとかラッピング材が置いてあるから、後はよろしく頼むね」

「ああ、後でディアの部屋で会おうぜ」

マルセルは、執務官と連れ立って足早に執務室を出て行った。ランディは早速作業台から、よく手入れされた園芸ハサミを持ってくると、ゼフェルを見やった。

「うーんゼフェル、責任重大だぞ。たくさんあるけど、どの花がいいと思う?」

「俺に聞かれても知らねーよ。まあ、祝い事なんだから、パッと目立つヤツがいいんじゃね? そうだな~、例えばこれとか?」

ゼフェルは、ひときわ目立つ、丸く可憐な形の白い花を指さした。

「ああ、これならカワイイし、喜んでもらえそうだね。よし、これにするか」

「これスゲーいっぱい咲いてるから、デカい花束にしてディアを驚かせてやろうぜ!」

「よし、刈り取りは任せてくれ。ラッピングは頼んだぞ」

「おうよ。任せとけ」

ほどなくして二人は、ようやく両手で抱えきれるほどの、大きくて立派な花束を手早く作り上げた。 手先が器用なゼフェルのラッピングも完璧だ。 二人は、今度こそ意気揚々でディアの執務室へ向かった。

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