
静かな夜。
私邸のダイニングには、控え目な灯りと二つのグラスが用意されていた。
「ジュリアス様、お誕生日おめでとうございます。今年はお祝いにこちらのワインをご用意しました」
差し出されたボトルを受け取り、ジュリアスはラベルを一瞥する。
「ありがとうオスカー。見たところ、かなりのヴィンテージもののようだが」
「はい、俺の故郷、草原の惑星で最も古いワイナリーの地下セラーに長年保管されていたものとのこと」
「ほう、そなたと同郷というわけか」
どこか柔らかな声でそういうと、ジュリアスは椅子に身を被けた。
オスカーは静かにうなずき、デキャンタからワインを注ぐ。
深い色合い。
わずかに揺らすだけで、香りが立ち上る。
「ところでーー」
グラスを差し出しながら、オスカーがふと口元を緩めた。
「恋人と楽しむワインには、ちょっとした”お作法”があるのですが…ご興味はありますか?」
「それは興味深いな。そなたの故郷の習慣か」
「お付き合いいただけます?」
「もちろんだ」
その返事を待っていたかのように、オスカーは一歩距離を詰める。
「では…失礼して」
そう言って、グラスのワインを口に含んだ。
次の瞬間、オスカーは迷いなく身をかがめ、ジュリアスに口づける。
驚きに目を見開く暇もなく、温度を帯びた一口が移される。
香りが、舌の上でほどけた。
「…オスカー」
ようやく距離が開くと、ジュリアスは低く言った。
「口づけして良いとは、言っていなかったはずだが」
「お作法にお付き合いいただける、とおっしゃいましたので」
悪びれもせず、オスカーは穏やかに微笑む。
「いかがです?」
ジュリアスは一瞬、言葉を失ったままワインの余韻を確かめる。
「ああ…まろやかで、実に香りが立つ。素晴らしいワインだが… 」
「気に入っていただけたようで何よりです」
オスカーはグラスを置き、声を少し落とした。
「人肌に温もったひと口。
一番香りが開く瞬間をふたりで分かち合うーーなかなかロマンティックだとは思いませんか?」
「…そなたの故郷では」
ジュリアスは探るように視線を向ける。
「恋人たちは、普段からこのようにワインを楽しんでいるのか?」
「いえ」
即答だった。
「俺が、やってみたかっただけです」
「……習慣ではなかったのか?」
「たった今、俺が作った”お作法”ですが」
オスカーは、薔薇のように整った笑みを浮かべる。
「ーーいけませんでしたか?」
しばし、沈黙。
やがて、ジュリアスは静かに息を吐き、苦笑めいた表情を見せた。
「…誕生日だというのに、ずいぶん大胆な贈り物だな」
「お気に召しませんでした?」
「いや」
ジュリアスはグラスを取り、ゆっくりと一口含む。
「ーー続きがないのが、不自然だと思っただけだ」
そう言って、今度は自分から距離を詰める。
「せっかくの”作法”だ。
最後まで責任を持ってもらおう」
ワインの香りが、再び二人の間で混じり合った。