「おいカティス! 僕は絶対に行かないからな!」
まだ一日も早いというのに、息せききってやってきたと思ったら。 いったい何が起こったのか、顔を真っ赤にして。
朝の日射しに流れるような美しい銀の髪を揺らして、憤っている年若い鋼の守護聖に、カティスは庭作業の手を止め、大げさに肩をすくめて見せた。
「おいおい坊主。朝っぱらから穏やかじゃないなぁ。どうかしたか?」
鋼の守護聖はムッとして緑の守護聖を睨み付ける。
「カティス。子ども扱いするなと常々言っているだろう」
「これは失敬。まあ落ち着け。あー、そこのベンチに座ったらどうだ? ちょうど俺も、そろそろ休憩しようと思っていたところだ」
カティスは木陰の小さなベンチを指差した。彼自らが手塩に掛ける緑の館の庭園は、常にその季節の花で溢れている。夏真っ盛りの今は、色鮮やかなグラジオラスや向日葵が、強い陽光を楽しむように力強く葉を広げ、大きくて華やかな花を一面に咲かせていた。
鋼の守護聖は、言われた通り素直にベンチに座ったようだった。 カティスもその隣に腰かけ、愛用のガーデニンググローブを外して膝の上にぽんと置くと、傍らに置いてあったバスケットから水筒とグラスを取り出した。
「ミントティーだ。さっき、そこの畑で採れたばかりの葉で淹れた。よかったら飲め」
砕いた氷の中に、フレッシュグリーンの一片が浮かぶ冷たいグラスを手渡すと、鋼の守護聖はありがとう、と言って一気にそれを飲み干した。カティスはその様子を嬉しそうに眺め、自分もゴクゴクと喉を潤す。
「あー、うまい。生き返るな! で。どこに絶対に行かないって?」
「さっき調査から帰ってきてディアから聞いた。聖殿をあげての大サプライズパーティだって? 下らない。そんなものには僕は付き合わない」
ああ、やっぱりその話か。想定の範囲内、とカティスは笑って応える。
「まあそう言うなよライ。陛下のご提案で、ディアと俺が幹事になって、それなりに準備もしてきたんだぜ。聖殿の職員たちにも、たまの息抜きは必要だろ?」
「僕はそんな話聞いてない」
「お前が不在の間に急に決まったことだからなぁ。連絡が行ってなかったのは申し訳なかったが」
「聞いてたとしても同じだ。僕は行かない」
鋼の守護聖は、その名の示すとおり頑固で、一度こうと言い始めたら絶対にこうなのだった。
「今回の調査で、いくつか気になることがあった。 研究院と相談して、もっと調べる範囲を広げなければ。僕たち守護聖には、遊んでいる暇なんかない」
カティスは鋼の守護聖の話に頷いて同意を示す。
「そうか。お前がそう言うんなら、そうなんだろう。早急に対応を考えなくてはな。だが、今回の件は、誕生日祝いを兼ねた宮殿職員たちへの陛下のお計らいなんだ。協力してもらえると嬉しいが」
鋼の守護聖は頑として首を横に振った。
「いいや、守護聖がこれ以上腑抜けてどうするんだ。だいたい、皆揃いも揃って自覚が足りなさすぎる。 最近聖地に来た連中は特にそうだ。 オリヴィエにオスカーなんてもっての外だ。そう特にオスカー!」
鋼の守護聖は、炎の守護聖のことになるといつもムキになる。
「アイツときたら、何かにつけて年上ぶって偉そうに。傲慢で、外面ばっかり繕って・・・」
「あー、オスカーなら、来ないぞ」
興奮気味にまくし立てて止まらない鋼の守護聖を、カティスの一言があっさり封じた。
「何だって?」
「昨夜遅くに、タルシス星域で炎のサクリアの異常な上昇が検知されてな。急きょ現地に向かったんだ。ヤツからはさっき連絡があって、原因の究明にはしばらく時間がかかる見込みだそうだ」
「・・・・」
「お前も良く知っているように、炎のサクリアの局所異常には、特に速やかに対応しなければならない。さもないと、不必要な戦火が勃発して、周辺まで一気に広がる可能性があるからな。まあ、ちょっとした一大事ではあるんだが、幸いなことにああ見えて当代の炎の守護聖は有能だ。他のサクリアはすべて平常なんで、今のところは研究院も、ヤツに一任でOKと判断している」
「・・・・・」
「なんで、イベントは予定通り開催するが、今夜の主役は筋金入りのカタブツの上、責任感の塊だろ? うまく事を運ばないと、この事態に自分のパーティなんてとんでもない!なんて怒り出すかもしれん」
カティスは、誰かの真似をするかの如く眉間に皺を寄せて見せた。
「こんな局面で首座様をうまく扱えるのは、オスカーとお前ぐらいだが、オスカーはいないし、正直俺も困ってたところだ」
「で?」
鋼の守護聖は訝しそうにカティスを眺めた。
「と、いうわけでだな。首座様の愛弟子のお前に、会場までのエスコートを頼みたいのだがどうだろう? いつも眉根に皺を寄せてるお師匠に、ひと時の安らぎを作ってやるのも弟子の務め、ってやつかと思うんだが、俺に免じて引き受けてはもらえないか?」
=*=*=*=*=*=
何が、というわけでだな、だよ。
だいたい。
―― 僕 は ア イ ツ の 代 わ り じ ゃ な い。
と、いうか。
認めたくないし、絶対認めてなんかやらないが、
――ア イ ツ の 代 わ り に な ん か 、な れ な い し。
いや、代わりになりたいわけじゃない。ただ。
アイツと一緒にいるときのあの人の笑顔。
眩しいほどに、宝石のようにキラキラ輝いて。
それをずっと見ていたいし、守りたいと思うだけ。
――無 様 な 言 い 訳、そ れ と も ジ ェ ラ シ ー ?
それも違う。何を考えているんだ僕は!
あの人の一番近くにいるのが誰であろうと、望むことはただひとつ。
あの人が幸せであること。
アイツがあの人を幸せにできるなら、それでいい。
ちょっと気難しいあの人に、少しでも安らげる時間を作ってやれるのなら、こんな機会も悪くはない、のだろう。
全く面白くはないが――あの人が生を受けた、記念すべき日に。
アイツがそばにいられないのなら、なおさらだ。
=*=*=*=*=*=
真夏の朝の少し熱気を帯び始めた風が、花いっぱいの庭園を吹き抜け、鳥たちの囀りが青空に響き渡る。
大きくひとつ深呼吸すると、鋼の守護聖は言った。
「・・・オーケイ、カティス。了解した。その話引き受けさせてもらう。だが一つ条件がある」
尊大な物言いの鋼の守護聖に苦笑いしながらも、カティスは立ち上がって仰々しく一礼した。
「助かった。恩に着るよ。俺に出来ることなら何なりとしよう、鋼の守護聖殿」
鋼の守護聖は、色とりどりの花で溢れる庭園をぐるっと眺めて、一際大きく咲く花に目を留めた。
「この庭の大きくて立派な向日葵。両手いっぱいにもらっていってもいいか?」
「もちろんだ。好きなだけ持っていけ ――でも、そんなものどうするんだ?」
「だって誕生日祝いなんだろう? 祝い事には花、と相場が決まっているものだ 」
“Dear Julious, Happy Birthday ―― Truly yours, Rye”
向日葵の花言葉:憧れ

** fin **