その夜、光の館のダイニングルームには、落ち着いた静けさが満ちていた。
瀟酒な調度に囲まれたテーブルの上で、蝋燭の炎が揺れ、淡い光が三人の表情をやわらかく照らしている。
中央に座るのはこの館の主――光の守護聖ジュリアス。
その両脇に、精神の教官として招聘されているヴィクトールと、炎の守護聖オスカーが向かい合っていた。
「今回の女王試験も終盤だが、ここまで順調に進んでいるのは――そなたや他の教官たち、協力者の支援によるところが大きい」
穏やかな声音だった。
形式ばった労いではなく、心からの感謝を述べていることが、その表情からも伝わってくる。
「はい。我々守護聖は候補たちに力を貸すことは出来ても、その資質を伸ばしてやる手伝いまではできません。そこを、的確に補っていただけました」
オスカーの言葉に、向かいの男が静かに首を振る。
「我々の力など微々たるものです。候補たちはもともと、素晴らしい素質をお持ちでしたし――女王陛下と補佐官殿のお導きがあったからこそでしょう」
それを聞き、ジュリアスは満足げに微笑んだ。
「特にそなたは、年若い教官たちの取りまとめ役も立派に果たしてくれた。礼を言わせてもらう」
「……身に余る光栄です」
控えめに一礼し、顔を上げたその瞬間。
蝋燭越しの柔らかな光の中で、二人の視線が静かに重なった。
ほんの一瞬のことだった。
だが、オスカーはそれを見てしまう。
そこにあったのは、深い敬意だけではない。
胸の奥に沈め、決して表に出さぬと決めた感情――
かつて自分自身が抱いていたものと、寸分違わぬそれ。
「……どうかしたか、オスカー」
名を呼ばれて、はっと我に返る。
「いえ、何でも」
そう答えると、ジュリアスはそれ以上追及せず、穏やかに話題を続けた。
「試験が終われば、そなたはまた軍へ戻るのだろう」
「ええ。長く現場を離れるわけにも参りませんので」
「少し残念だな。先日そなたと交わした、最新の戦術に関する議論は大変有益だった」
「そう言っていただけますと、幸甚です」
「俺がその場にいなかったのが悔やまれますよ」
オスカーがそう言うと、ヴィクトールはわずかに微笑んだ。
「あの時、同じことをこちらでも話しておりました」
「ヴィクトールからは学ぶことが多い。オスカー、そなたも教えを乞うといい」
「はい」
赤ワインを口に含む。
酔いのせいか、ほんのわずかに視界が揺れた気がした。
「オスカー様に、私などがお教えするとは畏れ多いことです。オスカー様の司るお力は軍の象徴。ぜひ兵士たちに、激励の機会を賜りたく存じます」
「ああ。俺で役に立つのなら、何でも言ってくれ」
二人のやり取りを、ジュリアスはどこか楽しげに眺めていた。
「そなたたちは職務上、普段から良い関係を築いていると見える。これからも、よろしく頼む」
その言葉に軽く頷き、オスカーは黙って杯を置いた。
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晩餐を終える頃には、すっかり夜が更けていた。
外に目をやると、いつの間にか雨が降り出している。
玄関まで見送る役を買って出たオスカーは、長い廊下をヴィクトールと並んで歩いた。
二人の足音だけが、静かな館内に響く。
「今宵は、大変楽しい時間でした」
「あなたがいなくなるとジュリアス様もお寂しいようだ。これからも、顔を出してやって欲しい」
少し間を置いて、ヴィクトールが答える。
「……あの方は、どこまでも真っ直ぐで、純粋な方だ」
「ああ。そうだな」
沈黙が落ちる。
その沈黙を破るように、ヴィクトールが言いかけ――言葉を選ぶ。
「常にあの方を支えておられるあなたを――」
オスカーは、思わず息を呑んだ。
「尊敬しております。オスカー様」
小さく、しかしはっきりと告げられた言葉。
オスカーはわずかに笑みを浮かべ、首を振った。
そして何も言わず、右手を差し出す。
「また会おう、ヴィクトール」
握手を交わし、音を立てて重厚な扉が閉まる。
残されたオスカーは、吹き抜けの高い天井を見上げる。
目を閉じて大きく息を吸い込み、そしてついた。
夜のホールに、ただ降り続く雨音だけが残った。