「たくさん育成するんだな。覚えておいてやる」
「ありがとうございます、ゼフェル様。じゃ失礼します」
育成の依頼を終え、素っ気ない鋼の守護聖に一礼したアンジェリークは、無言で執務室のドアへ向かい、ノブに手をかけようとした。
「おい、ちょっと待て」
ゼフェルの声に、金の髪を揺らしてアンジェリークは振り向いた。
「どうした。何かあったのか」
自分で声をかけておきながら、鋼の守護聖は、先ほどから執務机の上に足を投げ出し、両手では何か小さなメカらしきものを弄り続けていて、アンジェリークの方を見てもいない。
「いえ、その。えーと、そんなに大したことは・・・」
アンジェリークは言いよどんだ。
「そこに座れ」
ゼフェルは目線で執務机傍らの椅子を示したが、相変わらず、器用な手先は何かを弄ったままだ。アンジェリークは言われたとおり、そこまで戻って腰掛けると、小さくため息をついた。
「で。どうしたって?」
さすがにだいぶ慣れはしたが、ゼフェルの口調は荒っぽい。アンジェリークはぽつりと言った。
「・・・やっぱり私、場違いかなぁって」
「はぁ?」
「先週は、遊星盤から落ちてパスハさんに叱られましたし、さっきはジュリアス様にも、もっと気を引き締めるようにって注意されて」
アンジェリークは俯いたが、ゼフェルは手元の動きを止めることなく、口を結んだままだ。
「私なりに一生懸命やってはいるんですけど、ロザリアとは大違いで。やっぱり、私なんかがここにいるのは、どう考えても場違いだよなぁって・・・」
聞いているのかいないのか、ゼフェルは表情ひとつ変えずに作業を続けている。一瞬の沈黙の後、彼の手の中から「カチッ」という何かが嵌ったような音がした。
「これでよし、っと」
ようやく手を止めたゼフェルは、弄っていた小さなモノを空中へ軽く放り投げ、直後にすばやくそれをキャッチした。
「バカかおめーは」
「・・・」
「前からわかってたことだけどな。 本当におめーは大バカだ」
そうだけど、そこまで言わなくても・・・と思いつつ、ますますアンジェリークは俯いた。そんなアンジェリークの様子には構わず、ゼフェルは続けた。
「俺がいるだろ。なんでもっと早く言わない?」
「えっ?」
アンジェリークは大きな緑の瞳を見開いて、ゼフェルを見た。
「ヘコむようなことがあったら、俺に言えっていつも言ってるだろ。もう忘れちまったかのかよ」
「えっと、ゼフェル様、まさか私のこと、心配してくださっ・・・? 」
アンジェリークの言葉は、最後まで行かずに遮られた。
「は? そのシケたツラを見たくねーだけだ。ほらよ」
鋼の守護聖は、手にしていた小さなモノをアンジェリークに投げ渡した。受け取ったそれは、手のひらにすっぽり収まるほどの大きさで、中心に大きなボタンがひとつついている。
「そのボタンを押してみろ」
「は、はい」
ゼフェルに促され、言われるままにアンジェリークがボタンを押すと、執務室奥のドアがすっと開いた。
「オイデヤスあんじぇりーくハン、オ呼ビデスカ~」
ドアから現れたのは、いつもゼフェルに付き従い、甲斐甲斐しく彼の世話を焼いている執事ロボットだった。
「そのリモコンで、いつでもコイツを呼ぶことができる。俺が駆けつけてやれねーときでも、コイツは暇だから遠慮すんな」
「ぜふぇるサマ~イケズ言ワントイテヤ~ 」
執事ロボは大げさにゴネ始めた。
「あーもう!! ゴチャゴチャ言ってると記憶消去するぞ!!」
「ロボットイジメ、ダメゼッタイ~」
ゼフェルと執事ロボのやり取りに、アンジェリークの表情は自然と和らいだ。
「すごいです、ゼフェル様。ホントにロボット君呼んでもいいんですか?! お気遣いありがとうございます」
アンジェリークが笑顔で礼を言うと、ゼフェルは少しはにかんだように、けっ、と横を向いて視線をそらした。
「礼なんていらねえよ。あんまり役には立たねーが、冗談一発かますくらいは出来るはずだぜ」
アンジェリークは頷き、にっこりと執事ロボに話しかけた。
「はい。よろしくね、執事君」
執事ロボは照れたのか、それともプログラミング仕様外の状況が起こったのか、ジーっという機械音を出して固まっているようだ。
「そうだ、おい」
ゼフェルに呼ばれた執事ロボは瞬時に復活し、頭のレンズをクリクリと回転させた。
「ア、オ茶ニシハリマスカ」
「ああ、頼むぜ」
「ピピ、オ茶入レもじゅーる、おん。正常起動! すいーつハ、ドナイシマショウ、あんじぇりーくハン」
「す、すいーつ?」
「あーそんなもんは適当でいい。早くしろ」
「 適当言ワレマシテモ~ 。れもんぱい、すとろべりーたると、ちぇりーぱい、しふぉんけーき・・・イロイロゴヨウイシテマスヨッテ~」
アンジェリークは驚き、振り返ってゼフェルを見た。
「えっ? ゼフェル様、そういう甘ったるいものはお嫌いじゃ・・・」
「ソウナンドス~」
ゼフェルの代わりに答えた執事ロボは、また頭のレンズをクルクル動かす。
「セヤケドナ、ぜふぇるサマ。今朝ワテニ、何デモエエカラ、ギョーサンすいーつ買ウテコイ言ワレマシテ。怪シイ思タラ、あんじぇりーくハンガ来ハルカラ・・・ワー 」
ゼフェルは慌てて、両手で執事ロボの頭をつかんだ。
「こら!!! 余計なこと言うな!!! もう許さねえ、今度こそ分解してやる!!!」
「ヒー。えまーじぇんしー」
猛スピードで逃亡した執事ロボの後を、本気になって追いかけるゼフェルは、耳まで真っ赤だ。執事ロボは、広いゼフェルの執務室を一周し、アンジェリークの背後へ駆け込んだ。
「あんじぇりーくハ~ン助ケテオクレヤス~」
「そいつに構うなアンジェリーク!」
意外と真剣そうなゼフェルの様子に、アンジェリークはとっさに助け船を出した。
「あ、あの、ゼフェル様! 私、ストロベリータルトいただいていいですか?」
「ピー、すとろべりーたると了解! シバラクオマチクダサイマセ~」
千載一遇のチャンスとばかりに、執事ロボは高速で走り始め、そそくさと奥へ姿を消した。ゼフェルは走り去るロボの背中に向かって大声を出した。
「くそ、上手いこと逃げやがって! この部屋の中へ出すんじゃねえぞ! 外のテラスへ持ってこい!! 先行ってるからな!!」
ドアの向こうから、返事なのかピピ~と電子音が聞こえた。
「…ったく、しょーがねーな。おいアンジェリーク、行くぞ」
視線を微妙に逸らしつつ、右手を差し出してくるゼフェル。
そう、私の大好きな人は、とてつもなく器用なくせに、とてつもなく不器用だ。
アンジェリークは、そんな彼の時折見せてくれるこういう優しさが何より嬉しかった。そして、不器用さの裏に隠された彼のいろいろな側面をもっともっと知りたくて、差し出された手をとって強く握り返した。
** fin **