※「温度差のあるキス」と同じ夜
聖地には珍しい、凍てつく夜。
気まぐれに散歩に出るには、あまりにも寒すぎた。
それでも。
「……クラヴィス様ときたら」
リュミエールは私室で足を止め、思わず小さく息をつく。
「今夜はお部屋にいると、約束してくださったのに…」
(まさか、本当にお散歩に……?)
胸にかすかな不安を抱きながら、大きめのストールを肩にかける。
ためらいは一瞬だけだった。リュミエールは静かに館の外へ出る。
思っていた以上に寒い。
風はないが、空気そのものが冷たく、頬がひりつくようだった。
(こんな夜に、クラヴィス様がおいでになりそうなところは……)
考えるまでもなかった。
自然と足が向いたのは、闇の館の裏手にある星見台。
石段を一段ずつ上りきると、テラスの先に人影があった。
夜空を背に、動かずに立っている。
見つかったことに、ほっと胸をなで下ろしながら、足音を潜めゆっくりと近づく。
「……クラヴィス様」
声をかけても、返事はない。
リュミエールは気にせず、さらに一歩近づいた。
「今夜は冷えます。こちらを……」
持参したブランケットを広げ、そっと差し出す。
「よろしければ、お使いになりますか」
ちらりと視線だけが向けられる。
だが、言葉は返ってこない。
それでも構わず、リュミエールは背後から静かにブランケットをかけた。
冷たい空気の中で、布越しに伝わる体温は驚くほど低い。
「あまり、遅くなりませんように……」
そう言って踵を返した、その瞬間だった。
「待て」
短い声とともに、腕を掴まれる。
思わず息を呑むリュミエール。
「……星を観ていた」
「はい」
「空気が冷えていればいるほど、鮮明に見えるものだ。星も、その行く末も」
促されるまま、リュミエールは夜空を仰いだ。
凍てついた聖地の夜空は初めて見る色をしていて、リュミエールは目を見張った。
いつもよりずっと深く、どこまでも透き通る蒼。
そこに、無数の星が静かに瞬き浮かんでいる。
あまりの冷え込みに、思わず小さなくしゃみが漏れた。
その直後、思わず身をすくめた身体は、ふわりと——
ブランケットと、クラヴィスの腕に包み込まれる。
「寒かったか。すまない」
低く、短い言葉。
次の瞬間、冷たい唇が重ねられた。
思わず目を閉じる。
外側は、凍えるほど冷たいのに。
触れたその内側は、うっとりするほど温かい。
約束など、ないのかもしれない。
守られなかった約束が、確かにあったとしても。
それでも——
この夜が、こんなにも美しい。
それだけで、十分だと思えた。