キスの前にお願いひとつ

夕方の執務室。
陽が傾き、書類の影が机に長く落ちている。

ジュリアスはペンを置き、少しだけ考えるような間を挟んでから言った。

「オスカー」

「はい」

「ひとつ、頼みがある」

その声音は穏やかで、どこか芝居がかっている。

「先ほどゼフェルから、キャンディーをもらってな」

「……それは珍しいですね」

「私の声が少し掠れていると言っていた」

オスカーは小さく笑う。

「ああ見えて、よく見ていますから」

ジュリアスは小さく頷き、視線を落とす。

「ただ――味が好みではない」

「なるほど」

「だが、好意を無駄にするのも忍びない」

そこでジュリアスは顔を上げ、
一歩だけ距離を詰める。

「……どうしたものかと思ってな」

答えを待つ間もなく、ジュリアスはオスカーの襟元に指をかけ、唇を重ねた。
…と同時に受け渡される、なんとも言えない苦味の塊。

オスカーが一拍遅れて目を細める。

「……承諾した覚えはありませんが」

「断る理由もないだろう?」

涼しい声。
どこか試すような眼差し。

「キス付きだったぞ?」

オスカーはしばらく黙り、
それからゆっくりと息を吐いた。

「……わがままが過ぎますね」

「嫌でも返却は受け付けない」

そう言いながら余裕を滲ませるジュリアスに、オスカーは一歩踏み込む。

「――でしたら。さっきのキスでは全然、足りませんが?」

一瞬、ジュリアスの睫毛が揺れる。

「では、どうしたらいい」

オスカーはジュリアスを引き寄せ、ごく軽く唇を触れ合わせた。

「残りは後ほどゆっくり、回収させてもらうとしましょう」

….その日の執務は、いつもよりだいぶ早く終了した。


オマケ(ピロートーク)

「……まったくそなたというやつは。ーーやり過ぎだ」

ジュリアスの抗議に涼しい顔のオスカー。

「いいえ。全く正当です」

「いいや、過剰取り立ては是正する。実はな」

いたずらっぽい色を隠さない瞳。

「あのキャンディー。まだまるまる一袋残っているのだが」

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるオスカー。

「…全部、俺に引き受けろと?」

微笑みながら軽く頷くジュリアス。

「過剰取り立てのペナルティだな」

オスカーは途端に不敵な笑みを浮かべ、ジュリアスの手首を優しく掴んだ。

「…それなら、もう遠慮なく取り立てさせていただきますね」

ーー夜はまだ長い。


※「温度差のあるキス」へつづく