女王試験の定期審査を終えた夜、
聖地では恒例となっている舞踏会が開かれていた。
今回は戴冠後初の大規模な催しとあって、招待客も多い。
煌めくシャンデリアの下、音楽と香水の匂いが満ち、
正装に身を包んだ守護聖たちは、自然と人々の視線を集めていた。
なかでもオスカーは、女性のエスコート役として相変わらず非の打ち所がない。
ダンスの合間にも一人ひとりに柔らかな微笑みを向け、
軽やかな会話で場を和ませている。
一方、ジュリアスは普段の厳格さを思わせない優雅なワルツで注目を浴びていた。
流れるようなリード、無駄のない身のこなし。
差し出される手に、女性たちは皆うっとりとした表情を浮かべる。
仕事だと分かっていてもーー
どこか、面白くない。
互いにそんな感情を抱えたまま、
少し疲れを覚えたジュリアスは広間を抜け、裏手のバルコニーへ出た。
夜風が頬を撫でる。
その静けさの中で、先客と鉢合わせた。
「ずっと踊られていたようですが。お疲れではありませんか」
振り向けば、オスカーが立っている。
「いや。そなたのほうが難儀だろう。ダンスの合間も忙しなさそうだからな」
小さな棘を隠さないその言葉に、オスカーの眉がわずかに動く。
「あなたのワルツはお見事ですが……少し接近しすぎではないですか?」
「そなたの官能的なタンゴほどではないと思うがな?」
夜景を背に、互いに一歩も引かず視線をぶつけ合う。
やがて、ジュリアスがふいに目を逸らした。
広間とは反対側、遠くの光へ――ほんの一瞬。
……その隙だった。
オスカーは素早く距離を詰め、肩を抱き寄せる。
ふっと、唇が頬を掠めた。
振り向いたジュリアスが息を詰める。
「公の場で、何をーー」
「誰も見ていませんよ」
バルコニーからは広間が見渡せるが、こちら側は死角だ。
オスカーの手が自然にジュリアスの腰へ回り、逃げ道を塞ぐ。
「舞踏会の最中だぞ……」
「麗しい貴婦人たちと親しくされるあなたを見ていたら、妬けてきました」
囁く声は冗談めいているが、近すぎる距離がそれを否定する。
「……それはお互い様だ」
アイスブルーの瞳が、意地悪く細まった。
「お互い様、ですか。あなたともあろう方が」
「違う。ただーー」
言いかけた唇に、人差し指がそっと当てられる。
「冗談ですよ」
にっこりと笑うその表情に、ジュリアスは思わず眉をひそめる。
「そなたは本当に……」
「ジュリアス様」
腰に回された手に力がこもり、ジュリアスが小さく息を呑む。
「こんなに近くで踊っているのに、触れられないなんて」
「馬鹿者。人が来るかもしれぬ」
「では、離れますか?」
不意に腕を放され、体勢を崩しかけた瞬間、
今度はしっかりと抱き留められる。
「ほら。もう捕まえた」
耳元で囁かれ、背筋がぞくりとする。
「あなたが逃げても、必ず捕まえますよ」
「……っ」
「どうしました?」
わざとらしく首を傾げる姿に、ジュリアスは溜め息をついた。
「……もう行くぞ」
「わかりました。最後にひとつだけ」
オスカーは身を寄せ、小声で言う。
「タンゴを踊っていて思ったんですが……あれ、俺たちの踊り方に似ていませんか」
「どういう意味だ」
「腰に触れるタイミングとか……あと」
にやりと笑う。
「一番盛り上がるところとか」
「ーーーーっ!」
赤くなる恋人の反応に満足そうに微笑み、オスカーは手を取った。
一瞬だけ指を強く絡めて、すぐに離す。
「行きましょう。後でちゃんと、二人きりになれるところで続きを」
「絶対しないぞ」
「では、後ほど」
広間へ戻るオスカーの背を見送りながら、
ジュリアスはしばらくその場に立ち尽くした。
耳の端がまだ熱い。
……もう少し、風にあたる必要がありそうだった。
オマケ(ピロートーク)
シェード越しに柔らかな光が漏れるベッドサイド。
繊細なカットが美しいガラスの水差しからグラスに水を注いで、ジュリアスに手渡す。
「今のは…今夜踊ったどのタンゴより情熱的でしたね」
「….」
「あなたとは、やっぱり盛り上がるタイミングが…」
「黙れ」
そう言いながら、視線だけは逸らさない。
オスカーはチャーミングに微笑む。
「ダンスの話ですよ」
「まったく、言わせておけば…」
「やっとあなたを独り占めできたんですから…もう一曲踊ってはいただけないでしょうか?」
ジュリアスの手をとると、紺碧の瞳が妖艶な色を帯びる。
「良かろう。ただしーー今度はワルツだ」
ワルツ。
ゆっくりと…逃げ場のないやつだ。