うーん。
落ち着けオスカー、ここは執務室だ。 執務が終われば今夜はずっと一緒にいられるはずだしな、などとぼんやり考えていると、耳を疑うような言葉が飛び込んできた。
「ところで、事態の収束を受けて、今宵は女王補佐官が、我々の労をねぎらって夕食会を開いてくれるそうだ。 そなたも間違いなく出席するよう」
えっ??
やっとやっと、一ヶ月の長きに渡る「お預け」が終わった…と思っていたのに、夕食会だって??
却下されるのは百も承知だが、一応抗議を申し出る。
「夕食会より、俺はあなたと一緒に過ごしたい、と思いますが。 補佐官に労をねぎらっていただけるならば、その方がずーっと…」
「補佐官に夕食会の指示を出されたのは陛下なのだ。 宮殿秘蔵の珍しいワインも供されるとのこと、ありがたくお受けするとしよう・・・それより」
ジュリアス様は、硬かった表情を少し和らげたかと思うと、いきなり俺の瞳を覗き込んできた。
「週末だが、久しぶりに遠乗りはどうだろうか、オスカー。 聖地の外れに、先代の光の守護聖が作らせた小さな山小屋があるのだ。少々遠くて行きづらいのでな、なかなか訪れる機会がない。古びた狭い小屋だが、深い森と渓流に囲まれた美しい場所だから、そなたもきっと気に入ると思う。木陰で読書をして、釣りをして・・・夕食にはとれたての魚を焼くのもよいな。 馬を走らせてもたっぷり半日はかかるから戻りは日の曜日になるが、どうだオスカー。 私の気晴らしに付き合ってくれるか?」
なんて素敵なサプライズ。
これまでの疲れも不満も、何もかもが一気にどこかへ吹き飛んでいく。
「ええもちろん、喜んでお供します」
「そう言ってくれると思っていた。 明日は朝早くの出発だ。 夕食会が終わり次第、早く帰って明日に備えるとしよう」
ジュリアス様は目をきらきらさせて、本当に楽しそうなご様子だ・・・が。
あれ?
夕食会の後には一緒に過ごせるのかと思っていたが、何かうまくはぐらかされたような?
・・・まあいいか。
久しぶりの遠出で、馬たちも喜ぶだろうしな。
誰にもじゃまされることのない、深い森の中の二人きりの週末。 考えると何だか子供のようにワクワクした。
=*=*=*=*=*=
ジュリアス様の私邸に近づくと、俺は裏手の通用門へと回った。ジュリアス様はきっともう厩舎にいらっしゃるはずだ・・・ほら、やっぱり。
お気に入りの乗馬服に身を包み、美しい金の髪を肩のあたりできゅっと結んだジュリアス様が、俺とアグネシカに気づいて振り返った。
「おはようございます、ジュリアス様」
「ああオスカー、おはよう。 アグネシカ、久しぶりだな。そなたも元気そうで何よりだ」
嬉しそうに嘶いて頬ずりするアグネシカに、ジュリアス様は目を細めた。
「こちらの準備も出来ているぞ。 そなたとアグネシカがよければ、そろそろ出発・・・」
もう、限界。
俺は目の前の美しい人を引き寄せて、その唇に口づけた。 咄嗟のことにびっくりしたのか、ジュリアス様は一瞬身を固くしたが、すぐに温かい感触が返してくる。
なんて甘美で柔らかいキス。
もう、これ以上は待てません・・・これは、二人だけの特別な週末の始まりの合図。
=*=*=*=*=*=

パチ、と時折、薪の爆ぜる乾いた音が静かなリビングに響く。
「古びた狭い小屋」だなんて、全然違うじゃないですか、ジュリアス様。
ジュリアス様の話によれば、この石造りの「山小屋」は、偉大な思索家だった先代の光の守護聖が、一人で静かに考えを深めたいときに使っていたのだという。確かに館ほど広くはないものの(当たり前だ!)、大きな暖炉のある居心地のよいリビングに、キッチン、ダイニングルーム、落ち着いた雰囲気のベッドルームが二つと図書室、さらには小さな厩舎と地下にはセラーも備えられ、古いながらも隅々まで手入れは完璧で、山小屋というより週末を過ごすための豪華な別荘ととでも言ったほうがふさわしいと思ったが、大貴族のご出身であるジュリアス様にとっては単なる山小屋に過ぎないのかもしれない。
暖炉の前に敷かれた、柔らかく長い毛足の大きなラグの上で、肌触りのよい毛布にくるまっている俺と、俺の腕の中でまどろむジュリアス様を、揺らめく炎が優しく暖めている。
今朝感じた、素晴らしくいい予感は大当たりだった。
遠乗りには最高の天気に恵まれ、見渡す限りの花畑や清々しい林を風のように駆け抜け。
夕食の魚を釣ると張り切っていたジュリアス様が、渓流で足を滑らせたときには一瞬ひやっとしたけれど、膝下程度の水深に一緒に笑い。
地下のセラーでは、宝探しのように先代のコレクションをすみからすみまで見回って。偶然にも、俺の故郷の惑星で人気の酒を見つけたときのジュリアス様の喜びようといったら!
それから・・・。
今日起こったいろいろな出来事を思い返していると、俺の腕の中で、うーん、と小さな声がした。
「起こしてしまいましたか。すみません、ジュリアス様。」
眠ってしまわれても無理はない・・・一ヶ月ぶりの休日で、心身ともに相当お疲れのはずというのに、久しぶりで少々余裕がなかったとはいえ・・・って、どう考えても悪いのは俺なんだが。
「ああ、眠ってしまっていたようだな? 今日は子供のころに返ったように楽しい一日だった。 ありがとう、オスカー」
耳たぶの先がうっすらと桃色に染まっているのは、さっきの甘美で激しいひと時の名残り。揺らめく暖炉の炎が柔らかく照らし出すジュリアス様は、荘厳で誇り高い光の守護聖である前に - 今は、俺の何より大切な美しい恋人だ。
「こちらこそ、こんなに素敵な週末に感謝しています」
ジュリアス様は微笑んで、しばらく揺らめく暖炉の炎を見つめていた。
「暖炉の炎というのはよいものだな。 暖かく、柔らかく、そして包み込むように優しい」
ん?
それって、言葉通りとるべきなのか、それとも?
「・・・あなたにそんなことを言わせるなんて、炎の守護聖の俺は、暖炉の炎に嫉妬せざるを得ませんね?」
冗談交じりに拗ねてみるが、実はちょっと本気も入っていたりする。 ははは、と楽しそうに声を立てるジュリアス様を背中から毛布ごとくるみ込み、形のよい鎖骨に深く口づけると、甘くて長い吐息が漏れた。
「暖かく、柔らかく、優しい炎でも。熱く、激しく、溶かしつくすような炎でも。すべては、あなたのお望みのままに」
特別な週末の夜は、まだ始まったばかりだ。
** fin **