その花束、キケンにつき -part 2

一方その頃、ジュリアスの執務室では、マルセルがほっと胸を撫で下ろしていた。慌てて駆けつけてはみたものの、レポートの不明点というのは致命的なものでなく、文章が曖昧だったための確認だったからだ。

「呼び立てしてすまなかったなマルセル。急ぎではない、と伝えたつもりだったのだが」

叱責を覚悟していたのに、いい方向へ裏切られて、マルセルはちょっと狼狽した。

「い、いえ、とんでもありませんジュリアス様」

ここでさっさと退出するのも首座に失礼に当たるかと、マルセルは急いで会話の話題を探す。

「・・・あ、そうだ。ジュリアス様、今日はディア様のお誕生日だそうですね」

「そのようだな。例年パーティなど祝い事は遠慮していると聞いている。慎み深い性格のディアらしいことだ」

「ジュリアス様は何かお祝いでも?」

「うむ、毎年カードと、あの者の好みそうな茶菓子を館へ届けさせている」

「お菓子ですかー。ディア様は作るほうもお得意だからぴったりですね」

多忙にもかかわらず、女王補佐官の誕生日にもきっちり対応するジュリアスに、マルセルは感心した。

「僕たち―あ、僕とランディとゼフェルですけど、今日がディア様のお誕生日って、たったさっき知ったんです。で、何かお祝いしたくて、僕の執務室のお花を持っていくことに決めて。今二人がお花を持ってディア様のお部屋に向かってるはずです 」

ジュリアスの表情が綻んだ。

「ああ、それはいい。そなたも知ってのとおり、ディアは花も大変好んでいるからな。一時は花言葉に凝って、ずいぶん勉強もしていたようだ」

「花言葉・・・」

マルセルはしばらく考え込んだ後、はっと気づいたように飛び上がった。

「大変!! あれだったらどうしよう。ジュリアス様、失礼します!!」

挨拶もそこそこに、マルセルは脱兎のごとく光の守護聖の執務室を飛び出した。

=*=*=*=*=*=

「まあ、こんなに大きな花束を私に? ランディ、ゼフェル、どうもありがとう」

女王補佐官ディアは、ランディとゼフェルが手渡した花束のあまりの大きさに驚いて目を丸くしたが、年少の守護聖たちの心遣いをとても喜んでいるようだった。

ディアの執務室には、誕生日プレゼントと思われる品々が置かれていた。 その中には花束もいくつかあったが、二人が持ってきた花束はそのどれよりも群を抜いて巨大で、インパクト的には間違いなくナンバーワンだった。

「これ、マルセルが執務室で大事に育ててる花なんです。本人も一緒に来るはずだったんですが、ジュリアス様に呼ばれて遅れてます」

「ま、すぐ来ると思うぜ」

ランディもゼフェルも、目論見どおりディアが驚いてくれたので大満足だ。

「では、お茶でも飲みながらマルセルを待ちましょうか」

慣れた手つきで手早くお茶を入れて二人に出すと、ディアは改めて花束に感嘆した。

「本当にきれいですね。こんなに立派な花束をいただいたのは初めてですよ」

ディアは笑顔で花束を覗き込んだ。

「このお花は・・・」

瞬間、ディアの表情が微妙に困惑気味になったのをゼフェルは見逃さなかった。

「ん? ディア、どうかしたか?」

そのとき突然、入り口ドアの開く大きな音がした。

「ランディ、ゼフェル!  あ、ディア様!」

ノックもそこそこに、息せき切って駆け込んできたのはマルセルだった。 マルセルは、巨大な花束を一目見て顔色を変えた。

「マルセル!  びっくりするじゃないか。急にどうしたんだよ!!」

ランディが驚いて立ち上がる。

「ごめんランディ、なんでもないよ」

マルセルは笑顔で、ディアに話しかけた。

「お騒がせしちゃってすみませんディア様。今日はお誕生日おめでとうございます」

「マルセル、どうもありがとう。あなた方からこんなに素敵なプレゼントをいただけて、本当にうれしく思いますよ」

先ほどの困惑の表情はすっかり消え、ディアはいつもの穏やかな笑顔に戻っている。

「えーと、ディア様。そのお花は、たまたま僕の執務室で育てていたもので・・・」

「ええ、先ほどランディとゼフェルから聞きました。可愛くて可憐で、このお花は、私も大好きなんですよ」

「えーと、はい。気に入っていただけたらうれしいです、けど・・・」

ランディとゼフェルには、マルセルの言葉がどこかぎこちないように聞こえた。

「もちろんですともマルセル。ランディもゼフェルも、みんな本当にありがとう」

「よかったです! よいお誕生日を過ごしてくださいね。ではディア様、失礼します」

「お、おいマルセル!  ディア様、僕たちも失礼します。ゼフェル、行くぞ」

「あ、ああ」

三人は一礼し、そそくさとディアの執務室を後にした。

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速足で緑の守護聖の執務室まで戻ってくると、マルセルは「はあああ」と大きなため息をついた。

「おい、マルセル。いったいどうしたっていうんだよ? 」

「ディアも喜んでくれてたぜ?」

ランディもゼフェルも、狐にでもつままれたような顔をしている。マルセルは、広い執務室を取り囲む花壇の一角まで歩いて行き、二人を振り返った。

「うん、あのね。ランディとゼフェルが選んでくれたお花。これね」

ビバーナム・スノーボール

「ああ、ぱっと見てキレイだし、一番たくさん咲いてたから、それにした」

ゼフェルの言葉に、マルセルは頷く。

「うん。キレイだよね、これは『ビバーナム・スノーボール』っていって、僕の大好きなお花のひとつなんだ。けど・・・」

マルセルはちょっと口ごもった。

「何だよ」

「このお花の花言葉がね、ちょっと・・・」

「ちょっと?」

マルセルは言いにくそうに、下を向いた。

「素敵な意味もいくつかあるんだけど、そのひとつが・・・」

「もったいぶらずに早く言えよ」

「うん、・・・その、『年齢を感じる』っていう意味で・・・」

ランディとゼフェルは顔を見合わせ、瞬時に青ざめた。

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