通信終了後の携帯にキス

調査対象の惑星は、見た目ほど穏やかではなかった。

露出した岩盤は硬く、土壌は成分が複雑で、サンプル収集には思いのほか時間がかかっている。
研究院の科学者たちが黙々と作業を続ける中、同行している守護聖たちもそれぞれの役割をこなしていた。

――ただ一人を除いて。

「なあ、ルヴァ。これ、いつまで続けんだよ」

腰を伸ばしながら、不満を隠そうともしない声。
鋼の守護聖ゼフェルは、手にしたサンプル容器を軽く振った。

「予定量が収集できるまでですよ〜。
あなたの担当分は、まだ半分以上残っていますが?」

のんびり柔らかな口調とは裏腹に、容赦のない現実を突きつけるルヴァ。

「これだけあれば十分だろ。どうせ似たようなモンばっかじゃねーか」

「サクリア分析は精度が命なんだ。
鋼はお前以外に集められないんだから、黙ってやれよ」

割って入ったのは、風の守護聖ランディだった。
普段は朗らかな彼の声が、珍しくきっぱりしている。

「何だと?」

睨み合いが始まりかけた、その時。

ピッ、と軽い音を立てて、ランディの携帯端末が鳴った。

「――あ、はい! ランディです!」

反射的に背筋が伸び、声が一段階明るくなる。
そのまま、通話中にもかかわらず、ぺこぺこと何度もお辞儀を始めた。

「わざわざありがとうございます! はい!
ええ、はい!」

「……けっ」

ゼフェルはつまらなそうに鼻を鳴らす。

「ジュリアスかよ」

嫌そうにサンプル収集に戻るゼフェルの横で、ルヴァは小さく苦笑した。

「いえ、とんでもないです!
ルヴァ様に親切に教えていただいてますし。はい!
ゼフェルも一緒です!」

――この会話。
相手がジュリアスにしては、違和感がある。

はて、と首を傾げるルヴァ。

「はい、もちろん!
ありがとうございます!
では……はい。失礼します!」

通話が切れる。
ランディは端末を胸の前で持ったまま、しばらく固まっていた。

画面を見つめて、
一瞬ためらって、
誰に見せるでもない仕草で――

軽く、キスをした。

「ああ」

その光景を横目で見ていたルヴァと、完全に見ていたゼフェル。
同時に察して、声が重なる。

「で、何だって。アンジェは」

ぶっきらぼうにゼフェルが聞く。

「――っ!」

ランディの顔が、一気に真っ赤になる。

「な、なな何で分かったんだよ!
っていうか、アンジェじゃない! 陛下だぞ!
失礼だろ!」

慌てて言い直す様子に、ゼフェルは肩を揺らして笑った。

「はいはい。女王陛下な」

ランディの携帯端末の待ち受け画面が、
女王候補時代のアンジェリークであることは、
聖殿内では半ば公然の事実だった。

立場が変わっても、
呼び名が変わっても、
大切にしているものは変わらない。

そのことが、見ている側にははっきりと伝わってくる。

「……素敵じゃないですか」

ルヴァは穏やかに微笑んだ。

「忙しい中でも、こうして気持ちを通わせていらっしゃるのは。
とても素晴らしいことだと思いますよ」

「う……」

ランディは言葉に詰まり、照れ隠しにサンプル容器を手に取る。

「べ、別に……普通です」

その背中は、どこまでも正直だった。

惑星の風が静かに吹き抜ける。

岩石と土壌の匂いの中で、
確かにそこには、やさしい温度の恋があった。

時代が動いても変わらず、
大切に、大切に育てられているものが。