オクテな恋人を焦らそうとして自分が焦れたから勢いで押し倒したらメチャクチャ怒られたけど可愛かったから良かった件

書類の束を片付ける音だけが、静かな執務室に響いていた。
ジュリアスは粛々と羽ペンを走らせ、机の左端に置かれた山を右端の山へと移していく。
オスカーはその隣で、完成した文書を分類し、印章を押す作業を手際よく進めていた。

普段ならそれだけで終わる。
だが今日は――ちょっとだけ、計画がある。

(視線ひとつで動揺させられれば御の字、だが……)

オスカーは、必要以上に机の中央へ近づき、書類を受け取るたびに腕が触れるほどの距離を保った
ジュリアスは何事もないように作業を続けている。

「ジュリアス様、次はこちらを」
「ああ」

短いやりとり。視線は書類に落ちたまま。
だが――ほんの一瞬、ペン先が止まったのをオスカーは見逃さなかった。

(……今のは、気のせいではないな)

少しずつ距離を詰めながら、オスカーは黙々と作業を続けた。
完全に執務モードだが、内心ではゆっくりと、じわじわと、ジュリアスの反応を楽しんでいる。

書類を受け取りながら、わずかに腰を傾けて覗き込むように視線を送った。
ジュリアスの横顔は、彫刻のように整っている。
近くで見ると、光を受けた金の髪が柔らかく揺れ、細かな影を頬に落としていた。

「……」

声をかけようとした瞬間、ジュリアスがふと顔を上げた。

真っ直ぐに視線が合う。
その紺碧の瞳が、何の前触れもなくオスカーの心臓を打ち抜いた。

(……しまった)

予定では、こうして視線を交わしたらジュリアスが先に目を逸らすはずだった。
なのに、逸らしたのは自分の方だ。
一瞬の沈黙が落ち、心は予想外の速さで乱れていく。

「……近いな、オスカー」
「失礼を。効率のために必要な距離です」
「そうか」

あっさり受け流されたのに、なぜかその冷静さが余計に胸を熱くする。

(……これは、計画の敗北だ)

ペン先が再び紙の上を滑り始める。
視線はもう仕事に戻っているはずなのに、その指先の動きすら妙に意識されてしまう。

(……だが)

オスカーは一瞬だけ目を伏せ、すぐに決断した。
どうせなら、この敗北を中途半端な形で終わらせるくらいなら――賭けてみる方がいい。

「ジュリアス様」
「何だ」
「……失礼します」

返事を待たずに手を伸ばし、椅子ごと引き寄せた。
わずかな驚きがジュリアスの瞳に走る。その一瞬を逃さず、背もたれごと押し倒す。

「……オスカー」
まったく動じていない、低く、静かな声。

「執務中だと、何度言えばわかる」
「申し訳ありません。……どうしても、今は」
「理由を聞こう」
「……あまりにも、瞳がお美しかったので」

一瞬、沈黙。

やがてジュリアスはゆっくりと息を吐き、眉間に深い皺を刻んだ。

「……やはり、そなたは手に負えん」

淡々とそう言って、書類を乱さぬよう器用にオスカーを押し退ける。

だが、その頬に差した赤みをオスカーは見逃さない。

(……怒られたが、可愛いから良し)