01. 始まりの合図のキス -part 1

まだ朝もやの立ち込める、ひんやりと澄み切った爽やかな空気の中、俺はジュリアス様の私邸へと愛馬を走らせていた。

何だか素晴らしくいい予感がする。

二人だけの特別な休日。愛馬の刻む軽やかな蹄のリズムに、期待が高まっていく。

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このところ、しばらく緊急を要する事案の発生が続き、女王陛下と補佐官はもちろんのこと、我々守護聖以下、聖地で事の対応にあたる誰もが皆、落ち着かない日々を送っていた。首座であるジュリアス様に至っては、ひと月ばかり一日たりとも休みをとられていない。生来真面目なジュリアス様のこと、仕事が増えること自体は全く苦にされることはなく、俺もごく当たり前のこととしてジュリアス様のサポートに当たる訳だが、ジュリアス様は、自分以外の者たちには休日や深夜にはきちんと休養するようにと言って譲らない。当然、俺に対しても同様だ。

一人で執務をするあなたを置いて、俺だけで休養になんかなるわけないでしょう?

俺がそう言うと、眉間に小さく皺を寄せ、片方の眉をちょっと上げて、ジュリアス様は遠慮もせずにお得意の(?)ご不満げな表情をされる。そういうお顔も大変にお可愛らしいのだが、それをおくびにも出すことなく、俺は何食わぬ顔で半ば押しかけるように補佐につく。

もちろん一緒にいたいってのもあるし、少しでもジュリアス様の助けになりたいってのもそうなんだが、本当のところは傍についていないと心配で心配でたまらない。 何せ、人一倍責任感が強くて完璧主義のジュリアス様のこと、 お一人にしておいたら休憩も食事もとらず深夜どころか翌朝までも根を詰めてしまうからだ。 だから、執務の手伝いはもちろん、 適度に休憩の時間を入れ、栄養バランスのよい食事を手配して、遅くなりすぎない時間に仕事を切り上げていただき、安全に私邸へとお送りするまでが俺の役割と勝手に決めている。

ジュリアス様には俺に見張られているようだと苦笑いされ、守護聖仲間には過保護すぎると呆れたように言われるが - 以前に俺が出張で聖地を留守にしている間に、お一人で仕事を抱え込まれたジュリアス様が、一週間昼夜ぶっ通しの執務の挙句に過労で倒れられたことがあったのだ! その一件を出張先で聞かされたときの、全身凍りつくような思いはもう二度としたくないので、誰に何と言われようが俺の構ったことではない。

それに - 全神経を執務に - ご自分の職責を果たすために集中しているときのジュリアス様は、他に例えようもないほどお美しい。美しすぎて怖いくらいだ。そんなジュリアス様を一時でも見逃したくないと思う。しかし、ひとたびこの執務スクランブルモードに入ってしまうと、普段でさえご自分に厳しいジュリアス様は、恋人同士としての俺との触れ合いを極端に自制されてしまう。二人だけでいても、抱きすくめることも軽いキスも絶対に許されない。プライベートでの私邸への訪問など以ての外だ。

俺はそんなジュリアス様の執務に対する厳しい姿勢を尊重しているし、だからこそジュリアス様をこの上なく尊敬しているのだが・・・手を伸ばせばすぐ届く距離にいるだけに、非常にもどかしい、苦渋に満ちた時間を過ごす羽目になってしまうのである。

そんな状況がそろそろひと月になろうとして、目の前にいるジュリアス様に触れられない状態も我慢の限界に近くなってきたが、ようやく事態に収束の兆しが見えてきた。もう少し、という最後の局面まで来ていつつも、一進一退を繰り返す状況に、聖地の皆がいい加減苛立ちを覚え始めた昨日、金の曜日。

午後のティータイムにジュリアス様の執務室を訪ねると、そこには珍しいことに、すでにエスプレッソを手にくつろいでおられるジュリアス様の姿があった。いつもならば、こちらから声をかけないとブレイクの時間すら忘れてしまっているというのに。

「オスカーか、 待っていたぞ」

忘れそうになっていた、眩暈を感じるほどの微笑み。

・・・スクランブルモード、解除。

俺は一瞬、そこが執務室だということも(意図的に)忘れてジュリアス様を抱きすくめた。 こら、執務中だぞとジュリアス様は怒りながらも、笑って俺の腕の中におさまってくれた。

「先ほど研究院から急ぎの報告があった。もろもろ、ずいぶん長いこと膠着していたが、ようやく落ち着いたようだ。陛下にも、やっと、ゆっくり過ごせる週末を迎えていただけそうだな」

こんなときでも、陛下のことを真っ先に気遣うのがいかにもジュリアス様らしい。

久しぶりに腕の中に感じる、愛しい人の体温。波打つ黄金の髪が、大きな窓から差込む午後の陽光に映えて、その美しさといったら・・・いっそこのままここで押し倒してしまいたい衝動に駆られるが、白い額に軽く口づけて一言、お疲れさまでした、と耳元でささやいた。 ジュリアス様はそなたこそ、と小さくおっしゃって・・・さり気なく俺の腕から逃れていった。

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